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ワンだ~ランド

wandaland.exblog.jp

なにげない出来事を薄く薄くのばしていく金箔職人ワンだの世界

<   2007年 12月 ( 10 )   > この月の画像一覧

大晦日に生霊の話もどうかと思うので、今日は
年末らしいお話を。。。

時間の加速が進んでいるらしいが、私もそれは実感
していて1週間が4日位に感じてしまう。
この1年も厳しかった割には風の様に過ぎ去って
行った。

今回の膿出しは苦しかったが、ワンだ家にとって
避けては通れない道だったのだろう。
膿み出しは同時に「産み出し」なのかもしれない、と
今ふと思った。

鬼山・鬼林コンビに鍛えられた甲斐があったのか、
何があってもずしんと落ち込む事がなくなった。
目の前が真っ暗になる話を聞いても平常心を保って
いられる。

心配事で眠れないと思う夜もしょっちゅうあるが、
寝る直前に大好きなペリー・ローダンシリーズを
少し読むと、心地良い睡魔に襲われて熟睡してしまう。
食べ物も美味しいし、いつもの様に笑っていられるし、
風邪ひとつひかない。
ウソの様に元気なのだ。

何かが起きる度にへこみはするものの、絶対に
負けない、最後の最後まで諦めない、これから必ず
良くなる、というめらめらと燃える様な想いが
湧いて来る。

私は不運を仏様からの「お試し」と考える事に
している。
私がこの試練をどう乗り越えて行くのか、信念の
強さがどれ程のものなのかテストされていると。

こんな時に優しい言葉を掛けてもらえるのは、
格別に嬉しく有り難い。
「またお土産(冥土の土産?)ができました。」と
つぶやいている自分がちょっと可笑しくもある。

来年はきっと道が開ける、くねくねと曲がっている
トンネルを脱出する事を強く念じて、新年を
迎えようと思う。

そう書いていると除夜の鐘が鳴り始めた。。。
by wanda_land | 2007-12-31 23:58 | ワンだ日記
ホシヤマさんの妹さんのツキヤマさんは小さい頃
から霊感があり、同じく霊感の強かった叔母さんが
亡くなって以来更に強くなったらしい。

ホシヤマさんによると、妙に不運が続く時は生霊が
憑いているケースが結構あるという。
我が家の誰かにももしかしたら。。。という疑惑が
持ち上がった。

ツキヤマさんは写真や名前の上に指をかざして
調べ始めた。
やはり憑いていた。
ソレが飛んで来た理由は「妬み」だった。

生霊を飛ばしていた人物は、その時ツキヤマさんに
見せた集合写真の中にいたらしいが、残念ながら
犯人の(?)特定はできなかった。

ツキヤマさんはその人物の家の特徴を教えてくれた
ものの、私も母も写真に写っている人達の自宅を
全部知っているわけではないのだ。

ただし限り無く怪しい人物は確かにいた。
それは私と母、そして兄の3人で1度だけ会った
事がある人だった。

私達から見れば、「自由に使えるお小遣いは月に
100万円位ある。」と某銀行員に豪語し、ゴルフ
に明け暮れやりたい放題やっている当の本人の方が
かえって羨ましいくらいなのだが、これも隣の芝生が
青く見える、という事なのだろうか。

生霊の他にも我が家の家族の内2人が今年厄年で、
命を取られなかっただけでもラッキーだったそうだ。
運が悪ければ「帰宅途中に車の事故で亡くなっていた
かもしれない。しかも他人を巻き込む形で。」と
言われ、思わずぞっとしたものだ。
by wanda_land | 2007-12-29 22:29 | ワンだ日記
この世に偶然は無い、全てが必然だと言う人達がいる。
私と母はここのところ頻繁に起きる「偶然」の出来事に、
驚くやら呆れるやらで大忙しだった。

人手不足の為先月と今月は休日が1日少なく、前日の夜に
突然施設長から勤務変更の電話を受けたりして変則的な
ローテーションとなったが、まるで狙ったかの様に大事な
用事が私の休日にぴしゃりぴしゃりと当たるのだ。

お陰様ですっかり忘れていた父の命日には、好物のお寿司や
ビールを買いに行く事ができたし、お寺からお供養にみえた
お上人様とじっくり話す事もできた。
(ラッキーナンバーの「68」を11台も見たのがこの日
だった。)

かねてから土地に集まって来る幽霊さん達を鎮める為の
開眼式をすると言いつつ、ずるずると延期になっていた
わけだが、これもまたお上人様の都合でちょうど私の休日に
執り行われる事になった。

幽霊さん達は約束を守らない事に業を煮やして母に憑いて
しまったらしく、母がお寺にお参りに行くとお上人様が
盛んにあくびをし始めたそうだ。
(あくびは幽霊さんが傍にいる時の症状らしい。)

お上人様にも色々と用事があるので、もう少し待つようにと
伝えると、幽霊さんは「待っている」と言ったそうだ。
話の分かる幽霊さんだ。

母に憑いていたとは言え、幽霊さん達は特に悪さをして
いない。
夜な夜な母の枕元に座って恨めし気に見つめていたり、
不気味な音を立てたり、病気や怪我をさせたり、などと
いう恐ろしい現象は一切起きなかった。

急に半ドンで帰宅した日、母が私の姿を見てびっくり
していた。
「あらっ、帰って来たと!?
今日ホシヤマさんの妹さんが家に来るって、さっき電話が
あったのよ!」
私は思わず万歳をしてしまった。

ホシヤマさんは母の友人で、その妹さんは「視えたり」
「聞こえたり」する人だ。
不運続きのワンだ家を心配して、ホシヤマさんが妹さんに
ひと肌脱ぐ様に頼んでくれたのだった。
by wanda_land | 2007-12-26 22:03 | ワンだ日記
また大量の「68」を今日目撃してしまった。

我が家から車で数分の銀行へ母と出かけたのだが、そこの
駐車場に入る直前に続けて2台、駐車場に1台。
そこから出て1分ちょっとの間に2台とすれ違い、2件目の
銀行の駐車場では「68」の隣に駐車。

スーパーの駐車場では母が先に2台を見つけ、私がカートを
戻す時に、その2台が停まっている並びの端っこにいるのを
また目撃。
つまり6台並んでいるうちの3台が「68」だったから
驚きだ。

「こんなに続くとなんだか具合が悪くなってくる~。」

せっかくラッキーナンバーを見たというのに、母はかえって
薄気味悪がっていた。

最近はやたらとすれ違う車や停まっている車のナンバーが
気になるのだが、この日チェックしたのは間違いなく
100台以下。
その後も2台とすれ違ったので合計11台となった。

下二桁か上二桁が「68」のナンバーを見かけたら
ラッキーだ。。。
そんな考えがふと頭をよぎって以来、やたらと「68」の
ナンバーを見かけるという奇妙な現象が起きている。

「68」に関して不思議な事はまだある。
母が「もしかしたら生まれて来なかった子供の生まれ変わり
かもしれない」と思っている人の車のナンバーも「68」
だったらしい。

あまりの多さにかえって不気味さを感じる母に苦笑しつつ、
「ほら、やっぱり私達は守られてるって事よ。
私が68がラッキーナンバーって言ってたけん、『守って
いるぞ』っていう代わりに、それを見せてもらってると
思うよ。」と、私は自信満々に言った。

時は昨日の夕方に遡る。
しょんぼりして私の帰宅を待っていた母が声を上げて
泣いた。

トラブルが発生する度に肩を落とす母に、とにかく2人で
頑張って乗り切ろう、絶対になんとかなるからと励まし
ながら過ごしてきたものの、災いは依然続いている。

年の割には信じられないほどの底力を出している母だが、
さすがに心の中の何かが切れたのだろう。
あれほど激しく泣きじゃくり取り乱した母を、私は
生まれて初めて見た。
そして私に初めて「ごめんね。」と言った。
トラブルそのものよりも、そっちの方がショックだった。

自暴自棄になった母を励ます私。
ここにきても私の気力はいっこうに落ちないどころか、
母をしっかり支えなくてはという使命感みたいなものが
めらめらと燃え上がる。

「疲れて帰って来るのに、何にも(夕食を)作らなくて
ごめんね。。。」

残念でしたー!
私は疲れて帰って来てないよ。
もう半日ぐらい働いても平気なくらい、いつも元気だもん。
11月からずっと忙しくてろくに休めなかったりしたけど、
あり得ないぐらい元気だよ。

これからも大波小波が来るだろうけど、絶対に大丈夫
だから、乗り越えられるから、諦めないで前に進もうよ。
ねっ、お母さん。。。
by wanda_land | 2007-12-20 22:28 | ワンだ日記
ナンバープレートの上二桁か下二桁が「68」、又は
どちらも「68」の車を見かける確率はどれくらいなの
だろう。

面倒な計算をする代わりに、後日じっくり観察する事に
した。
駐車場に停まっている車や対向車線を走る車など、私は
何台もチェックしたが、あの日見た以上の台数の中に
「68」は1台もいなかった。

目には見えない存在を感じざるを得ない。

お陰で久し振りの休日はすっかり潰れてしまったが、
何事も善に解釈する、というのが仏教の教えの1つなので、
私は今回の事もいい方に考え直してみた。

往復5時間以上の道のりを走っている間、思いのたけを
事務長に話す事ができたのは大きかったな、その為に
今日の長距離ドライブはあったんだ、と。

今年の春以来体験した不思議な出来事や、特異な能力を
持つ人達との出会いなど、話題は盛り沢山だった。

私は低血糖を起こし易く、空腹時に喋り続けたりすると
必ず気分が悪くなるのに、その時は手も震えないし
いつもの脱力感も全く無かった。

低血糖予防の為にと思い車内でチョコを少しつまんだ
だけで、私は多いに話しまくった。
事務長も私もオカルト好きというか、超常現象にはとても
関心があるので、時々その方面の話題はちょこちょこと
出ていたが、その日は腰を据えてじっくり話す絶好の
機会を持つ事ができた。

その翌朝事務長が自宅にやって来た。

「ワンださん!今日はですね、起きた時にもーのすごく
体調がいいんですよ!
いつもは2~3時間しか眠れなくてぐったりしてるのに、
今朝はスカーッとしてるんですよね~。
全然疲れが残ってないんですよ。
もしかしたらワンださんが念じてくれた?
猫福さんからパワーを貰ったのかな?」

事務長は思いがけない体調の良さに、目を丸くしていた。

実は私も10月ぐらいから疲れ知らずなのだ。
たまたまなのか川口喜三郎氏の講演を聞きに行った頃から、
あまり疲れを感じなくなっている。

以前は仕事が終わって帰る時間ともなれば心地良い疲労感
が広がっていたのに、今ではやる気が充分に残っているし、
帰宅する時の足取りも軽い。
そう言えばここのところ昼食後の眠気もあまり無い。

もっと妙なのは、どんなに大きな災いが降りかかっても、
気力が全く衰えず、落ち込みが無い事だ。
ワンだ家の存亡に関わる重大事件が幾重にも重なっている
と言うのに、私はいつもと変らず出勤し、同僚や
入居者さん達と冗談を言い合っては笑っている。

笑うどころか毎晩泣き明かしてもおかしくない状況なのに、
絶対に良くなる!絶対に乗り越えられる!という気持ち
が沸き起こって来るのだから不思議である。
by wanda_land | 2007-12-17 22:38 | ワンだ日記
「お母さんね、『ワンだがいなかったら死んでたかも
しれない。』って言われてたよ。
ワンだちゃん、お母さんを支えてあげてね!」

面と向かって私を誉めた事が無い母だが、お寺のお上人様
には本音を語っていたらしい。
私より遥かにしっかり者だった母が、私を頼りにして
いるとは。。。

ここ数ヶ月の間に起きた事件に、ワンだ家は大揺れに
揺れた。
いや、大揺れは今も尚続いているし、これからも油断は
できない。

数々の出来事の内容はまだ詳しく書けないが、清く
正しく生きている(はずの)私達がこんな不運に
見舞われるとは全く想像もしていなかった。
下手をすればワンだ家は何もかも失う事態となる。。。

そんな最悪の状況の中、急用で事務長と一緒に出かける
事になった。
嫌なニュースを聞いたばかりなので、車内には重苦しい
空気が流れている。
口火を切ったのは私の方だった。

「事務長、私まだ諦めてないんですよ。
絶対に諦めませんから。死ぬまでは諦めません!」

私はいつの間にか随分タフになった様だ。
昔から頼りない父を陰で支えてきた、言わば肝っ玉
かーちゃんだった母を、今は逆に私が励ましている。

結局その日は運悪く目的が果たせず、空振りのまま
戻るはめになったのだが、帰り道に不思議な事が
起きた。

高速を走り始めてすぐに、私の頭に妙な考えが
ポッと浮かんだ。
川口喜三郎氏の講演会で「68」は最高の数字だと
言われたのをふと思い出しのだ。

「もしナンバープレートが68の車を見かけたら
私はまだついてる。
でも全く見なかったら。。。。」

私は慌てて自分の考えを打ち消した。
そんなに都合の良い事が起きるはずが無い。
せっかく踏ん張ろうと決心しているのに、もしここで
「68」を見なかったら落ち込んでしまうではないか。
頭の中からバカバカしい思いつきを振り払い、
SAに入った。

事務長はあちこちに電話を掛けたりして忙しそう
なので、私はサンドウィッチや飲み物を買い込んだ
コンビニの前でぼーっと立って待っていた。
するとまたさっきの突拍子も無い思いつきが頭に
浮かぶ。

「いやいやあるわけないさ。」

ところが、あったのだ。

私のほんの目の前に停まっていた車のナンバーの
下二桁は「68」
思わずにっこりしそうになり、ぐっと我慢した。

その後事務長と車に戻り、サンドウィッチを
ぱくつきながら何気なく外を見ていると、2~3台
先にはまたもや「68」の車が停まっている。

おやおやと思いながら、前をゆっくりと通り過ぎる
車に視線を移すと、そこにも「68」がいる。
ちょっとびっくりしていると、最初に見つけた「68」
の車が停まっていたスペースに入って来た車が
これまた「68」だった。

SAを出て間も無くの事、追い越し車線を走っていた
私達のすぐ前を走っていたのも「68」!

最後の締めくくりで、自宅付近でも「68」の車と
すれ違った。
私がこの日見た6台のナンバーは、いずれも上二桁か
下二桁が「68」だったが、それがどれだけ特別な
事だったかは後になってじわりと感じさせられた。
by wanda_land | 2007-12-16 21:35 | ワンだ日記
私はいつからこんなに打たれ強くなったのだろう。
不屈の精神が突然宿ったかの様に、どんなに不運が
続いても「もうだめだ。」と思わなくなってきた。

私の母はものすごく気丈な人だ。
並大抵な肝っ玉ではないと前々から思っていたのだが、
ワンだ家を次々に襲う災難には、さすがの母も根を
上げてしまった。

アセンションに関連して「引き寄せの術」についても
思うところを書こうとしていたが、その前に私がこの
1~2ケ月の間に体験した事を書いた方がいいだろう。

振り返ってみると意外に波乱万丈な私の人生であるが、
これから書く事も奇想天外なものになるだろう。
事実は小説より奇也である。。。
by wanda_land | 2007-12-12 23:05 | ワンだ日記
忙しい時や焦っている時はつっけんどんな言い方に
なりがちだ。
相手の言葉にカチンと来て、ちょっとへこまして
やろうという気持ちが湧いて来る時もある。

うっかり口にしたたったひと言で、お互いの心の
中に黒くもやもやしたモノが生まれる。
悪い因縁の誕生である。

どんなにちっぽけな悪因縁でも幾重にも重なれば、
人生に何らかの影を落とすはずだ。
こうして作った悪因縁の種を、自分にも相手にも
ばら撒かない事が大切だと感じた。

何事もいい方に解釈すると、不平・不満が減って
来て、うっかり愚痴をこぼすのも少なくなってくる。
むっとする事があっても、「ありがとう」の回数を
減らしたくない、アーニーの寿命を伸ばしたいと
いう強い思いがあるので、なるべくふんわりと
受け止めるように努力した。

私には半径500m以内に近づきたくない人達は
いるが、だからと言って彼女達に災いが起きれば
いいと念じる事は無い。
逆に(心の底からではないかもしれないが)彼女達が
癒されて幸せになる様に念じていたりする。

彼女達が幸せになって周囲に毒を吐き散らす事も
無くなり、これ以上他人に迷惑を掛けなくなるだろう
と考えると、「鬼山(鬼林)さんが癒される。
癒されて幸せになる。」と念じる時は案外真剣に
なれるものだ。

彼女達への恨みつらみという悪因縁を私が作りさえ
しなければ、来世で悪縁を断ち切る事ができるかも
しれないと思っている。
来世では金輪際関わりたくない連中だから、今世では
すっきりとした気分で永遠に別れたいものだ。

自分の心をしっかりと見つめ、常に軌道修正をする。
そうして悪い因縁をできるだけ作らない事。
それが「ありがとう」運動をしていた最中に発見した
2つ目の事だった。

「ありがとう」を何万回も繰り返せば奇跡が起きると
いう話は、私達を導く為の1つの方便の様な気がする。
ご褒美目当てに頑張っている内に大事な事に自ずと
気が付く仕掛けが、その話の裏に隠されている、と
いうのが分析好きで深読みする癖がある私が出した
結論だ。
by wanda_land | 2007-12-07 22:41 | ワンだ日記
アーニーの寿命が1日でも延びればと思い、
半信半疑ながらも奇跡を信じて「ありがとう」と
毎日唱えていたわけだが、実行している間に
はっとする事があった。

5文字の言葉をずらずらと繰り返すだけで
棚ぼた式に奇跡が舞い降りる。。。。
はたしてそれだけの話だろうか。
「ありがとうの法則」の裏には、どうも別の意味
が秘められている気がしてきたのだ。

通勤の最中にも腹話術の要領で、なるべく唇を
動かさずにこそこそと言っていた。
感情を込めなくてもいいのなら楽ちんだ。

1日も早く奇跡が起きる様にただ漫然と繰り返して
いたのだが、いつの頃からか通勤途中に咲いている
花々や空や小鳥に向かい、心の中で話し掛けて
いる自分に気づいた。

「きれいな花を咲かせてくれてありがとう。」
「抜けるような青空だね、ありがとう。」
「かわいい小鳥達、ありがとう。」

知らず知らずの内に自然の素晴らしさや、野生の
生物達にも感謝の気持ちが湧いて来たのだ。
周囲の人達への感謝の気持ち、周囲の人達から
示される感謝の気持ちに対して感じる喜びも
深まった。

感謝の気持ちが起きるのも、ありがとうと言って
もらうのも言われるのも、なんとステキな事
なのだろうか。

これが1つ目の発見だ。

愚痴や悪口などを言うとカウントはゼロに戻って
しまうものの、30秒以内に
「神様、今のは無しでーす。」と言えばセーフと
いうのがルールだ。
自ずと自分の心の動きや言動に細心の注意を払う
様になった。

リセットしないで下さい、と神様にお願いする為
には、それが愚痴や悪口だったと即座に気づか
なくてはならない。
30秒以内ならOKらしいが、これは結構大変
だった。

自分の感情に溺れている時は気がつくのが遅れたり、
言ったものは仕方ないさと開き直る事もあった
からだ。

自分が発する1つ1つの言葉で、それまで地道に
積み上げた何千回もの「ありがとう」が一瞬に
してパーになってはたまらない。
下手をすると2万4999回の「ありがとう」が
リセットされる事もあり得る。

一応私も仏教徒のハシクレなので、元々自分の心の
動きを冷静に観察する癖はついていたが、お陰様で
もっと感情のコントロールに注意する様になった。
by wanda_land | 2007-12-05 21:33 | ワンだ日記
隠していた事実が明るみに出る時代だ、とネット上の
あちこちで書いてあり、最初はピンと来なかったが、
今それが続々と起きているのを実感し、なんだか
ぞっとしている。

政治家・官僚・有名企業は言うまでもなく、私の
周辺でも隠されていた物事が白日の下に晒され、
皆に知れ渡ってしまう1年となった。

隠されていた事の大半は悪事だ。
きっと膿を出す時期なのだろう。
激しい痛みを伴ったとしても、膿を出さなければ傷は
治癒しない。
完治するまではひたすら忍耐の日々である。

ところで今私の興味の中心はアセンションだ。
4~5年前まではアセンションを誤解していて、
どうせ「神を信じれば天国に行ける」みたいな陳腐な
宗教話か、選民思想の臭いがぷんぷん漂って来そうな、
私とは無縁な話だと思っていたのだ。

ところが俄然興味を持ち始めたのは、先の日記に
書いた通り愛犬アーニーの死と、事あるごとに私を
支えてくれた猫福さんが堰を切った様に語り出した、
アセンションに関する話がきっかけだった。

アセンションとほぼ同時期に「ありがとうを何回も
唱えるだけで奇跡が起きる」という面白い話を聞いた。

奇跡が起きる第1段階は「ありがとう」を2万5千回
続けて言った時だが、途中で愚痴や悪口を言ったり
するとリセットされるらしい。

ただしうっかりそんなマイナス思考をしても、
「今のは無しです。」と即座に神様に言えばそのまま
続行するのだ。
私はきっと何回もリセットされたはずだ。

冷静だったら、「今のは無しでお願いしまーす。」と
修正が効くが、興奮していると自分のマイナス思考に
気づかない事が多いからだ。

またカウントがゼロに戻ったなぁと思っても、死期が
近づいているアーニーに奇跡が起きる様、必死に
「ありがとう」を繰り返し言っていたが、ある日ふと
素朴な疑問が湧いて来た。

「ありがとう」の最低有効数は2万5千回。
心がこもっていなくても、とにかく口に出して言えば
いいらしいが、一体誰がどうやってカウントするの
だろう。

小林正観氏は何を根拠に奇跡が起きる段階と回数を
設定しているのだろう。

「ありがとう」の回数を正しくカウントするのは
まず不可能だし、しかも自分が不平や泣き言を
言っているという自覚が無ければ、いつまで経っても
奇跡は起きず、きっと途中で匙を投げてしまうに
違いない。
なーんだ、結局奇跡なんて起きないんだ、と。

そんな事をつらつら思っているうちに、ある考えが
浮かんだ。
この「ありがとう」運動には別の意味が込められて
いるのではないかと。。。
by wanda_land | 2007-12-02 22:32 | ワンだ日記